福島に取材に行った。酒場とはまったく関係のない話しで、夕方には終った。

「昨日はあったかかったんだけどねえ」

 と取材先の方が言っていたように、その日は立春を過ぎたというのに朝からずっと雪が降ったりやんだり。ピタピタの、本当に見事に私のジャバザハット的ボディラインを表現するピタピタの保温下着をまとってきたので、しのげないこともなかったが、それでも充分寒い。寒い時には体の中から暖まらなくてはだめだ。寒い夜、私にはアル中が非常に多いロシア人の気持ちがよくわかる。

 さっそく福島駅前でコの字酒場探しがはじまった。

 さて、出先でいきなりコの字酒場を探す方法にはいくつかある。


1、タクシーの運転手さんに聞く

2、酒屋さんに聞く

3、酔っぱらいを尾行する

4、闇雲に店先をのぞていまわる


 四半世紀のコの字歴から会得したコの字酒場探しの方法はまとめるとこんなところである。1のタクシーの運転手さんの情報には、これまで出張先でのコの字酒場探しにおいて高い確率で名店を教えてもらっている。しかし、今回はタクシーには一度も乗ることがなかった。駅前にはたくさんの客待ちをしているタクシーがあったが、そこで聞くのはどうか?そんなことをしたら運転手さんはきっとこう言う。「酒場情報だけが目当てなの?」これは、言い換えれば女子(男子の場合もあるだろう)が「なんなの!体だけが目当てなの!」叫ぶのに似ている。非常によくないので今回は1のメソッドは見送る。

2の酒屋さんに聞く場合は、自ら卸している酒場だけを紹介するというリスクがある。しかも酒屋を探しているうちに疲れきって適当な酒場に駆けこんでしまうこともある。今回は、すぐに酒屋が発見できなかったのでこの方法も断念。

3の酔っぱらいの尾行は、さまざまなリスクを伴う。良さそうな裏路地に入っていったので、「すわ名店発見か!」と勢い込んだら、いきなり尾行中の酔っぱらいが小用を足しはじめたこともあった。あるいはかなりローカライズされたマニアックなスナックに吸い込まれてしまったこともあった。近畿の某都市でそんなふうに酔客の後をおってスナックに入ってしまったことがあった。入店するやいなや「誰だお前は?」という空気に包まれたきり極度のアウェイ感だけを味わった……今回は東京行きの最後の新幹線に乗らなければならず、残された時間は二時間程度しかなかった。手頃な酔客はあたりにいたが、追跡はやめた。

したがって残された方法は4の闇雲に暖簾をくぐる方法である。終電までわずか2時間弱の酩酊時間しか残されていない私が選ぶ方法としてはあまりに非効率的ではるまいか。

しかし、手前味噌で恐縮だが、最近私のコの字酒場嗅覚は異常に発達している。

「なんかありそうな気がする」

 と思うと大概本当にあるのだ。もはや超能力である。スプーン曲げが出来て何がすごいのか子供心にちっともわからなかったが、酒場探しの超能力はなかなか役に立つ。

 おそらくは、これまでの経験が肉体化しているからであろう。銀行の裏通り、急に街灯が少なくなるゾーン、なぜかタクシーの姿たくさん見られる通り……酒場探しによって得られたディテールをともなった経験がアーカイブ化され、それらを総合的に知覚としてインデックス化し、エントロピーがオッペケペーになり……分析すると『素敵な酒場の探し方』という本が書けるのでここではこのくらいにしておく。

 というわけで、駅からのまっすぐな通りを歩き、地元銀行の大きな建物の裏手にさしかかったところに、そこだけ石畳の素敵な通りを見つけたのであった。

 絶対にある。ここにコの字酒場がなかったら、おかしい。私の鼓動が早まった。

(つづく)