二日つづけてウォーキング。珍しい。寒がもどるのも道理である。とまれ三日つづくのかなりゆきを自分でも刮目している。

河原を一人で歩くのだが、その間中あれこれいろいろ考える。これがいい。アメリカではアパラチアントレイルといって、東海岸の南北三千五百キロにわたって山歩きトレイルがある。これを走破する人をスルーハイカーと呼ぶそうで、最近、そのスルーハイカーがやたら増えているそうだ。世界には陰気なイタリア人やだらしないドイツ人もいるように、現代アメリカ人にも、じっと山を歩きながら思いに耽りたい人が大勢いる。一人でメインからケンタッキーまでひたすら歩くには半年かかるそうだが、たしかに半年も森林の中で考えつづけたらいろいろ開けてきそうだ。テレビでやっていたが、緑が深くて、ガラガラヘビなんかまで出没する。しんどそうだが、魅力的だ。


ぼくのウォーキングはわずか七、八キロのことでただの鶴見川下流ウォークなのだが、それでもいろいろ考えられる。「走ると何も考えず無心になれるからいい」とぼくに言っていたランナーがいたが、ぼくは普段そんなに頭を使ってないので、無闇に無心になってたら、まるっきりバカになってしまう蓋然性は高い。したがって歩く。


今日は、ヘリコプターが二機、並んでバタバタ飛んでいるのを見かけ、それからすぐに遥か上空に旅客機らしき機影を見た。


旅客機はトイレを備え、タンクにそれを貯め込んで空を飛んでいる。数千メートルの高さから、まきちらしたら、拡散して雲散霧消しそうだが、「いやあ、昨日バリウム飲んじゃってさ」なんていう乗客が残していった石みたいなすごいのもあるかもしれぬ。危険だ。そういうこともあるから、ちゃんと貯めて飛行場で処理している。


東京の空は忙しい。五分とあけずに飛行機は離着陸しているわけで、首都圏の上空には常に旅客機が一杯だ。

そして電撃が脳を走った。

つまり、東京の空にはウ◯コがいっぱいなのである。そして河原を歩くぼくは他人のウ◯コに数千メートル上空から見下ろされている。

ウ◯コにすら見下ろされるオレ。ああ、なんてオレは小さいんだ。


己の矮小さを認めて謙虚になろうという心意気は悪くないと思うが、折角だから空飛ぶウ◯コを契機にするのではなく、滔々と流るる一級河川を見たことを端緒に顧みようと思い、視線を下げたらサギが悪びれる様子もなく糞をした。

こういう日もある。