Q氏は犬好き。

今日は愛犬のダックスフンドのP太郎との散歩を楽しむためだけに、用賀の自宅から横浜まで愛車やってやってきた。海風にあたりながら一人と一匹で連れ立って歩こうという目論みだったが、あいにく「みなとみらい地区」は風が強くてP太郎の足取りがおぼつかない。しかたないので、少し内陸に移動して風をさけて散歩しようと思い、気の向くままに歩いていたら、曙町というところにやってきた。

碁盤の目状に整備された町並みには中華料理屋が目につき横浜らしい面影がある。路地に入ると、外国人も多くて「らしさ」がます。今通り過ぎて行った女性も

「これだけじゃ、あだし、こんげつ仕送りできないねえ…」

と訛り丸出しで連れの男性を怒鳴りつけていった。いたるところ無国籍な雰囲気が漂う。

「面白いところだねえ」

探偵小説なんか愛読しているQ氏は異国情緒は嫌いではない。

ところがQ氏、カラスの泣き声につられて顔をあげて驚いた。

ダックスフンドをつれていると足元を見がち。そのせいで気づかなかったが、まわりには

『平成女子高校』

『バリ・ドリーム』

『ユーロマジック』

『夢のカリフォルニアっ娘』

ラスベガスみたいにネオンが立ち並び、そのほとんどが、いわゆる、そういう大人のサービスを提供する店だ。それにしてもいろんな趣味趣向がある。女子高生やら女医やらマッサージやら、南の島……。欲望は限りなく、皆お好みのシーンで楽しもうというわけらしい。

 

「P太郎、帰ろうか」

Q氏は潔癖性なところがある。こういう店には昔から抵抗があって、近くにいるだけでなんとなく落ち着かない。今の不動産業で財産をきずくまでたくさんの仕事についてきた。中には出勤した初日に先輩にそんな店に誘われたこともあったが、断固としてことわった。

あんまり好きな感じがしない……Q氏はさっさと帰りたくなってきた。ところが、P太郎が突然、ぷるぷるとふるえだした。

「まいったなあ」

P太郎のふるえはさらに小刻みになり、尋常な状態ではないのは火を見るより明らかだ。すぐにも病院につれていってやらないと。

表通りに出るとおりよく動物病院が見えた。
ついている。親友のためなら多少の法規違反もゆるしてくれ……。折り目正しいQ氏だが、今はいつもと違う。P太郎をこわきにかかえてQ氏は赤信号も無視して大通りを駆け出した。左のわきに震えるP太郎。右手で直進してくる車を制しながら、必死で6車線の幅広い道路をかけわたった。ニューヨークを舞台に犯人を追うなりふり構わぬ刑事のようだ。

「あぶねえぞ!」

気性の荒い運転手でなくともどなりつけたいほどの危険行為だった。だが、Q氏にはそんなことは関係ない。とにかくP太郎を助けたい。ホーンを鳴らされまくりながら、病院のドアを叩いた。急がないと大変だ。

「急患です」

看護士の女性が機転が利くのすぐにP太郎をQ氏からあずかっていった。ここなら安心だ、Q氏は思った。すぐにさっきの看護士がもどってきて。

「こちらへどうぞ」

と促した。待ち合いにつれていかれると、別の看護士が手に茶色の布でできた棒状のものを持ちながら、おもむろにQ氏の顔をのぞきこんだ。

「犬になりますか?こちらが犬なりますか?」

Q氏は立ち上がって叫んだ。

「バカ野郎!まぎらわしい看板だすな!」

動物病院。そういう趣味の、同好の士達が集まる店だった。看護士風の女が持っていたのは、たぶん「シッポ」だろう。そして、Q氏は叫んだ。

「……だいたいな…おれはネコなんだ!」

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店の奥へと行き、P太郎をうばいかえし、自宅近くのかかりつけの本当の動物病院まで車を飛ばした。P太郎ふるえはとまっていたが、思わず余計なことを叫んだと後悔しきりのQ氏の顔色はずっと真っ青だった。

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なあんて話しは当然、作り話なのだが、昨日、曙町にある友人I君の店に行ってきて、実際に「動物病院」の看板を見て、オレはてっきりそういう店なのだろうと高度な空目をしたわけだ。あとで確認したら、ちゃんとした動物病院であった。失礼しました。ちなみに、I君は若きマイスターで、今新しいプロジェクトに挑んでいる。昨日はそのお手伝いにいった。ついでに念のために言っておくと、僕らは潔癖ボーイズなのでそういう店にまったく関係ありません。さらについでに言っておくと、今朝届けられた

「トステムビバ」という送り主を「ビシバシステム」と空目したのも事実である。