加藤和彦さんが亡くなった。

2度ほどご自宅でインタビューをさせていただいた。

一度目に訪問したときのこと。インタビューの前日に眠れないことなどほとんどないが、加藤さんのお宅へ行く前夜は、それこそ遠足の前の夜さながら、どきどきして寝付きが悪くて困った。

奥様が亡くなられてから引っ越されたマンションは、さすが趣味人の加藤さんのお宅だけあって、もうなんというか日本人の家じゃないみたいに、徹底的に仕上げられていた。こなれた調度品やそこかしこにある小物、どれもがあまりにご本人にマッチしていて、一足踏み入れた瞬間に俺は魔法にかかったかのようにうっとりしてしまった。特によくおぼえているのは、小さなフレームにモノクロの家族写真がいれてあって、そこに幼少時の加藤さんもうつっていた。三丁目の夕日の時代に、素敵なピーコートを着ているその姿は、かわいくて、小学生のくせにすでに粋だった。

どうぞ、どうぞと部屋へ迎え入れてくれた加藤さんは、還暦を過ぎているなんてとても思えない背筋の伸びた佇まい。ところが、そこに静かな気品というか凛としたものが漂っていて、なんというか「ロンドン育ちの侍」という雰囲気であった。

高校生の時、ちょっとだけギターを教わったことがあって、そのときの師匠が

「加藤さんの手の大きさはすごい。神様からギターを弾く使命を与えられた手だ」

というようなことを言っていた。それから20年近くたって、ようやくその手を見たけれど、たしかに大きくて、どこか、仏様の手のようにしなやかであった。

取材中、俺のボールペンを見て、「そのペン、いいよね。僕も昔、免税店でたくさん買い込んで、持ってるジャケット全部の内ポケットにさしていた」と言われた時は無闇に嬉しくて、以来そのボールペンは俺の持ち物の中でちょっと別格になっている。

その時、俺のペンをちょっと持ってくれたのだが、今日はそれで加藤さんの名前をノートに書いてみた。

とにかく今日は、ミカバンドを聴いてすごそう。今日の空はどこかロンドンの空みたいだ。