真夜中。携帯電話がなった。こんな時間に誰かしらと思ったが、携帯の画面を見ると馴染みおライターからである。なにやら、お悩みでもあるのか…。ボタンを押して耳元へ。

踏切の警笛だ。大きな音で耳が割れそうである。
こちらは「もしもし、もしもし」と何度も話しかけるがちっとも答えてくれない。
大丈夫か?もしかしてお願いしている仕事に行き詰まって、最期の電話…

「もしもし、もしもし、もしもーし!(絶叫)」

「カンカンカンカンカン…」

えええええ、やめてーーー。


「ゴォーーーーーーー…」

耳をつんざく列車の音が突然消え、ツーツーという機械音。再び静寂。切れてる。
無事か?大丈夫なのか?
慌てて電話をかけるが、全然出てくれない。どうした、一体どうしたんだ加藤ジャンプ!


そうです犯人はおれです。踏切で、携帯のボタンを誤って押してしまったのです。Hクン、一晩心配かけてすみませんでした。

最近、音にまつわる出来事がたてつづけにおこるのだった。

ゴールデンウィークに入り、隣家の娘も学校が休暇らしい。

休み中も勉学、とりわけ情操教育には積極的で、最近はリコーダーにご執心である。ここ何日か、時折、蛇使いみたいな楽曲を奏でている。楽器演奏の際、なぜかベランダの窓を開放したがる質らしく、非常によく聴こえる。
そして、今お気に入りは上の「ミ」らしい。

「ポポーポー」

と断続的に吹き鳴らすのが得意のリフ。おれがレミングなら着いて行って池に飛び込んでいるところだ。
さて、今ひとつ興が乗らない原稿を前に、おれはいろいろと、起爆剤になりうるような気の利いた一文を書きたく、ねちねちと考えていた。こういうものは、なんというか、

「ミカンのつかみ取り」(実在するかどうか知らぬ)

みたいなもので、似たようなものがグチャグチャに入っている中から、ほんの少しの手触りの違いを頼りに玉石混淆の中から、選び採るようなものである。だから、それなりに集中しているんだが、リコーダー少女はというと、何かいいアイデアに辿りつきそうだ、と思った瞬間、まあ、釣りのアタリみたいなものを感じた途端、

「ポポーポー」

風船を膨らまそうとしていたら、足元に猫がからんできた時のように、ふわっと気が抜ける。つまり、アイデアは雲の彼方へ。
気分転換に、ビートルズをかけたら、なぜか

「ポポーポー」「ポポーポー」「ポポーポー」が止まらない。

これでは、すべてフールオンザヒル・リミックスである。まいった。
しかたないので、「ジャジューカ」というブライアン・ジョーンズというストーンズの中心だったのに、馘首された挙げ句オーバードーズで亡くなった人がモロッコで集めた民族音楽で、ブライアンの呪いがかけられているなんていう噂もあるCDをかけてみた。

「ポポーポー」

驚くほどマッチした。そのせいか、

おれは、この音楽を鳴らしているのはおれの精神なのではないか、
ととても恐ろしい想像をしてみたが、やおら隣家の母親が、

「うるさい!」

と怒鳴ると、いきなり鳴り止んだ。ブライアンの呪いよりも母の一喝のご利益が勝った。
昨日、こんなことを書いて日記をほったらかしていたら、夜になって、忌野清志郎の訃報を耳にした。
今日は朝から隣では「ポポーポー」が鳴っていたが、おれの耳には、清志郎の歌しか聴こえない。