加藤ジャンプの徒然ジャンプ

文筆家・加藤ジャンプの日記 〜コの字酒場探検家、ポテトサラダ探求家、09年からお客さん参加型『即興小説』やっています。 kato_jump115*ybb.ne.jp(*を@に変えて送信ください) ノンフィクションライター白石新のお問い合わせもこちらへどうぞ。

ごくごく最近の加藤ジャンプ:
*週刊朝日書評ページ『最後の読書』書きました
*dancyu東京特集で『立ち飲み番付』書きました
*dancyu 酒場特集で『きたやま』さんのことを書きました。
*テレビ東京系『二軒目どうする?』に出演しました〜
*HAILMARY magazineで毎月『終着駅でギムレットを』連載中
*ウェブ漫画「今夜は『コの字』で」を集英社インターナショナルHPで連載中(原作担当)http://www.shueisha-int.co.jp/
*dancyu中華特集で『味坊』さんのことを書きました。
*新潮社「考える人」で折り紙サークルについて書きました。数学の話デス。
*ALBAのノンフィクション、町工場で復活した伝説のクラブ屋について書いてます
*ALBAのノンフィクション、障害者ゴルフについて書いてます
*すみだ水族館「夜のスズムシ〜すみだ虫聴き〜」クリエイティブやりました。
*文化放送”くにまるジャパン”でコの字酒場のことをおしゃべりしました!
*すみだ水族館イベント「ウミガメQ」企画クリエイティブやってます。
*J-WAVE "GOLD RUSH"でコの字酒場のことをお話させていただきました!
*Free & Easy 7月号でもてなし料理を作ってます。パエリアとパスタ。そのレシピと使った調理器具が渋谷の東急ハンズでコーナー展開中です。
*dancyu7月号「記憶に残る名居酒屋」でコの字酒場の三四郎を紹介させていただきました。
*週刊現代5/11・18ゴールデンウィーク合併号『竹中直人さんインタビュー』素敵。この一言につきます。
*アルバ4月11日号『地図に載っていないゴルフ場 〜五島列島・小値賀島、浜崎鼻ゴルフ場の人々〜』
 五島列島にある島に島民自らが作ったゴルフ場があります。それはただのゴルフ場ではありません。自立のシンボルなんです。
*すみだ水族館 「すみだ水族館があなたの夢をかなえます〜ペンギン研究員〜』クリエイティブをやらせていただいてます。
*dancyu『日本一のレシピ』〜最強のポテトサラダを作る〜再掲載 見逃した方、ぜひ。むせかえるポテトサラダ実験の涙のレポートです
*Free & Easy 6月号 男のもてなし三ツ星料理 もてなし料理3品、作ってスタイリングして書きました。

最近なんか気になることがある。「なんか割といい話なんで、なんかこっちも乗り気だったんすけど、なんか横槍いれて来る人がなんか何人かいたりして、なんか微妙な状況なんすよね」みたいに、「なんか」がなんか凄い多用される場面になんか頻繁に出会う。なんかなんかなんか必要ない場面でも、やたらになんかが顔を出す。昔、通ってたインターナショナルスクールでkind ofを多用するのが流行したことがあった。的確な訳が思い当たらないが、なんか今思うと「なんか」に近い気がする。ある時突如恥ずかしくなってkind of乱発をやめたが、なんかを多用する人達も、なんかそういう時が突如来そうな気がする。とにかく、
なんかがたくさん出てくるとおじさんはなんか気になってなんかなんにも頭に入ってこなくなるんだよなあ。

金曜日のJ-WAVEさんの『GOLD RUSH』を聞いてくださった皆様ありがとうございました!「コの字酒場」という言葉があれほど電波にのったのははじめてかもしれません。コの字酒場探検家冥利につきますです。
ナビゲーターのアンジャッシュ渡部さんかっこよかったなぁ。不慣れな私をすいすいと導いてくださる手腕、いうまでもなく流石でした。いつかコの字酒場で乾杯したいです。そしてこんなすっとこどっこい系文筆家のコの字酒場探検家に声をかけてくださったJ-WAVEさんありがとうございました!

http://t.co/yZbAXtVrBP

酒は今日と明日をつなぐバトンのようなもの

 息子が5ヶ月を過ぎて、よく動き回るようになってきた。

 最近おぼえたのはは、腕をついて、膝をまげて座るポーズ。そのまま頭を床につけたら土下座である。ぼくは酔っぱらうとよく土下座していた。似ているのかもしれない。

 今日も目の前でその「マジで土下座の一歩前」のポーズをとっていた。人に頭を下げられる人間を目指している。えらい。

 と思ったら、いきなり腰を激しく動かしだした。腕はしっかり床についている。上半身は微動だにしない。しかし腰から下だけ凄まじい早さで上下動する。なんかちょっといやらしい。大人がやったら完全にセクハラである。しかし赤ん坊がやるとなぜ可愛いのだろうか。

 考えてみれば、赤ん坊のやることのほとんどは大人がやったら不気味なものばかりだ。指を何本もくわえるのだって大人がやったら大変なことになる。お風呂でおしっこをしたり、眠いからといって焦れて大泣きしたり。どれもこれも大人やったら大概逮捕されそうなことばかりである。

 そんな息子が今朝から突如、ベロを出すようになった。前から時々やっていたが、今日は突然嵐のように大流行して、四六時中ベロを出す。これだって大人やったら逮捕されるかもなあ、と眺めていたら、思い出した。ぼくは年中ベロをだしている。そんなに意識していないのだが、写真を撮られると思わずベロを出している。年中テヘペロである。ぼくの場合、いろいろベロを出してゆるしてもらわないといけないことが山積している。しかし、無垢なる倅には決してそんな事情はない。にもかかわらずベロベロベロやっている。見ていると面白いので、ジーン・シモンズの真似をして鼻に皺をよせて思い切りベロを出して見せたら同じことをした。なんのことはない、ぼくが年中テヘペロなんものだから、息子まで真似してベロを出すようになってしまったのである。すまん、息子。そう言いながらまたベロを出してしまうぼくなのであった。ああ、こどもの手本になるのは難しい。

離島の宿屋で女に間違われた。

女将さんは強度の老眼かなにかと疑ったが、そうでもなかった。あとでカウンターで新聞のスポーツ欄を裸眼でバリバリ読んでいるところを見たから間違いない。

ではなぜ私を女だと思ったのか。

そこそこデカいし、髭もこい。だのに、なぜ女? 世の中にそうそう油断したオカマなんて歩いていない。

思い当たる節はない。しかし、これまで同様の経験を2、3度している。

男子便所に入ってきたスーツのおじさんが私を見ていきなり

「あ、すみません、間違えました」

と言って踵を返して出ていったことがあった。私が全裸だったとか、号泣していたとか、そういうことは一切ない。普通にハンカチで手をふきながら出ていこうとしていただけだ。

後輩の青年が駅で、私と間違えてどこかの中年女性に声をかけてしまったことがあった。

大学生の時、定期券になぜか赤いラインを引かれたこともあった。その時は気づかなかったが、同級生に言われて気づいた。それは女性の意味だよ、と。

なぜ? なぜ、私が女に間違われるのか?

見た目? たしかに腰が丸い。そこはみとめる。しかし、他の男パーツをすべて凌駕するほどのインパクトか、そこは?

最近五ヶ月の息子をだっこしていて気づいた。奴は腹がへると私の胸までまさぐる。ちょっと変態なのか、疑っていた。

たしかに私は軽くボインだ。しまりがない。でも息子はつかまない。まさぐっておきながら、なんとなく「アレ?」っていう感じだ。だとすると他に一体なにが……。

散歩していると、よく犬が近寄って来る。それも一目散に私をめがけてくるのだ。ツレがいても間違いなく私にむかってくる。そして彼らは嗅ぐ。くんくんくん。

は!あれだ。私はきっと母ちゃんのにおいがするのだ。

どうしよう。誰か助けて。


とことん飲む。とことん議論する。とことんまでしゃぶりつくす。段々用法が怪しげになってきたので列挙はこれにてひかえる。問題は「とことん」である。一体なんなのだろう。

とことん。

音はかわいい。

突然、酒場の隣の席に、お忍びで来ていた北川景子がぽつりとこぼす。

「とことん……」

ドキドキしない男はいない。この場合、別に「とことん」と言わなくてもドキドキするか。

とまれ「とことん」。漫才コンビ名みたいだし、ラーメン屋の屋号っぽくもある。

先日、「とことん飲みましょう」と友人にメールを送ったが、書いておいてよくわからなくなった。徹底的にという意味で使っているが、何故「とことん」が徹底的なのか。

調べてみたら、もとは囃子詞らしい。「ちょいなちょいな」「あ、そーれ」の兄弟である。徹底的なんて、結構圧迫感のある意味のくせに出自は思いのほか明るい。たしかに音は軽い。とことん。「すっとこどっこい」の「とこ」に「とんま」の「とん」の仲間とも邪推できる。できないか。

それが明治になって『とことんやれ節』になったのだそうだ。これは『宮さん宮さん』とも呼ばれていて、事実上日本初の軍歌なんだそうだ。官軍スゲーぞ、という内容だ。youtubeにもあったので聴いたみたら、たしかにコレ聴いたことある。

トコトンヤレナ!と官軍に勢いをつける歌。

要するに徹底的にやれ、と歌っているのである。軍歌なんだからそのぐらい当然なのかもしれないが、完膚なきまでにやれ、叩き潰せ、ともの凄く明るく気楽な調子なので、ちょっとコワい。要するに「とことん」をそのまま酒に応用すると、本来の意味通り大変な危険なわけだ。でも、危険だと思うとますますやりたくなるのが人情。やっぱり、時々とことん飲んじゃうのはやめられそうにない。とことんバカなのであった。


 福島に取材に行った。酒場とはまったく関係のない話しで、夕方には終った。

「昨日はあったかかったんだけどねえ」

 と取材先の方が言っていたように、その日は立春を過ぎたというのに朝からずっと雪が降ったりやんだり。ピタピタの、本当に見事に私のジャバザハット的ボディラインを表現するピタピタの保温下着をまとってきたので、しのげないこともなかったが、それでも充分寒い。寒い時には体の中から暖まらなくてはだめだ。寒い夜、私にはアル中が非常に多いロシア人の気持ちがよくわかる。

 さっそく福島駅前でコの字酒場探しがはじまった。

 さて、出先でいきなりコの字酒場を探す方法にはいくつかある。


1、タクシーの運転手さんに聞く

2、酒屋さんに聞く

3、酔っぱらいを尾行する

4、闇雲に店先をのぞていまわる


 四半世紀のコの字歴から会得したコの字酒場探しの方法はまとめるとこんなところである。1のタクシーの運転手さんの情報には、これまで出張先でのコの字酒場探しにおいて高い確率で名店を教えてもらっている。しかし、今回はタクシーには一度も乗ることがなかった。駅前にはたくさんの客待ちをしているタクシーがあったが、そこで聞くのはどうか?そんなことをしたら運転手さんはきっとこう言う。「酒場情報だけが目当てなの?」これは、言い換えれば女子(男子の場合もあるだろう)が「なんなの!体だけが目当てなの!」叫ぶのに似ている。非常によくないので今回は1のメソッドは見送る。

2の酒屋さんに聞く場合は、自ら卸している酒場だけを紹介するというリスクがある。しかも酒屋を探しているうちに疲れきって適当な酒場に駆けこんでしまうこともある。今回は、すぐに酒屋が発見できなかったのでこの方法も断念。

3の酔っぱらいの尾行は、さまざまなリスクを伴う。良さそうな裏路地に入っていったので、「すわ名店発見か!」と勢い込んだら、いきなり尾行中の酔っぱらいが小用を足しはじめたこともあった。あるいはかなりローカライズされたマニアックなスナックに吸い込まれてしまったこともあった。近畿の某都市でそんなふうに酔客の後をおってスナックに入ってしまったことがあった。入店するやいなや「誰だお前は?」という空気に包まれたきり極度のアウェイ感だけを味わった……今回は東京行きの最後の新幹線に乗らなければならず、残された時間は二時間程度しかなかった。手頃な酔客はあたりにいたが、追跡はやめた。

したがって残された方法は4の闇雲に暖簾をくぐる方法である。終電までわずか2時間弱の酩酊時間しか残されていない私が選ぶ方法としてはあまりに非効率的ではるまいか。

しかし、手前味噌で恐縮だが、最近私のコの字酒場嗅覚は異常に発達している。

「なんかありそうな気がする」

 と思うと大概本当にあるのだ。もはや超能力である。スプーン曲げが出来て何がすごいのか子供心にちっともわからなかったが、酒場探しの超能力はなかなか役に立つ。

 おそらくは、これまでの経験が肉体化しているからであろう。銀行の裏通り、急に街灯が少なくなるゾーン、なぜかタクシーの姿たくさん見られる通り……酒場探しによって得られたディテールをともなった経験がアーカイブ化され、それらを総合的に知覚としてインデックス化し、エントロピーがオッペケペーになり……分析すると『素敵な酒場の探し方』という本が書けるのでここではこのくらいにしておく。

 というわけで、駅からのまっすぐな通りを歩き、地元銀行の大きな建物の裏手にさしかかったところに、そこだけ石畳の素敵な通りを見つけたのであった。

 絶対にある。ここにコの字酒場がなかったら、おかしい。私の鼓動が早まった。

(つづく)


先日、某誌からコの字酒場について取材をうけた。
せっかくコの字酒場の話しをするならコの字酒場がいい。
というわけで『コの字酒場はワンダーランド』でもお世話になった自由が丘のHで待ち合わせ。
まだ明るい時間、Hに辿り着くと 

すでにHにはお客様が七分程度入っていて、
その中には、当然のようにいつも夕方にいらっしゃるコの字の神様(その由縁は拙著でぜひ)、Oさんの姿も。

さっそくOさんに持ってきた拙著を一冊さしあげた。これまでの取材のお礼である。

さて、私はこれまで鰻のスタミナについてはあまり確証を持っていなかった。
翌日朝の〆切までに書き上げようとHでしこたま鰻の串を食べて帰ったところ、「私は」だけ書いて朝までぐっすり寝てしまったことがある。
そうしたことを何度か繰り返して来た。鰻で夜は乗り切れない(少なくとも仕事。ほかの夜は知りません)、と結論付けていたのである。決して、Hが楽しくてついつい飲み過ぎてしまったからではない。たぶん。どうかな。ちょっとはそうかもしれない。ごめんなさい。
だが、この店でOさんに出会ってから私は己の認識の甘さを恥じた。
Oさんは実はアラナイである。拙著でOさんについてはくわしく書かせていただいたので割愛するが、Oさんはアラウンド・ナインティーどころかとうにオーバー・ナインティーなのである。しかし背中は少しも曲がっていない。すこぶる健康だ。
Oさんは日本酒好きで鰻好きで愛妻家で帽子をかぶっている。すべて私と共通する(恐妻家)。数学なら相似みたいなものだ。
だがOさんには驚異的な肉体がある。私は駅の階段を駆け上っただけでサドンデス寸前である。
その差はなにか? 
鰻だ。Oさんは毎日Hを訪れ鰻を食べていらっしゃる。
私はちがう。ほぼ毎日「タレ」のものを摂取している気がするが、それは鰻ではない。
蒲焼きでも『ちょうしたのさんまの蒲焼き』缶の時もある……沈思黙考。果たして鰻を毎日食べるにはどうすればいいか思いをめぐらせていると、突然目の前にビールの小瓶。「これ、頼んでないよ」と言うと店員さんは「あちらからです」
Oさんが何も言わず右手をちょっとだけ振ってくれた。そして、すぐに黙ってまたグラスの日本酒を呑まれるOさん。
Oさんがいつまでもしゃっきりしている理由が少しわかったような気がした。

 友人が家を建てるという話しを聞いて、さてお祝いは何にしようかと考えている。

 せっかくだから長く使えるものがいいかと考えていたら、それは究極的には魔除けみたいなものではないか、と思い至った。シーサーとか鬼瓦とかダルマとかバリのお面とか、耐用年数も賞味期限もない。むしろ長く置いておけばおくほど絶大な力を発揮してくれる気がする。

 だが、これがお祝いとして喜ばれるかというとまた別問題なのである。以前、友人が黄金のダルマを土産にもらって困惑していると言っていた。実家の玄関にはかつて巨大な木彫りのバリのお面が二つ置いてあった。小学一年の時、友人のXを連れてきたら、少し泣いた。翌日Xは、我が家に恐いお面があるときっと騒ぎ立てるに違いないと心配していたら、Xは何も語らなかったどころか、私の家に来たことさえ口にしなかった(Xは非常なおしゃべりで口の軽い子供であった)。こっそり、何故、あの面のことを言いふらさないのか聞いてみると

「しゃべったらバチが当たるとお母さんに言われた」

と真顔で答え、すぐに私から離れていった。今だったら、あのバリのお面を写真に撮ってメールでXに送りつけているところだ。

 こんなこともあった。

 一人暮らしをはじめたら、ある方が

「いいものだから!部屋に飾ったら良い」

と、能面をくれそうになったのだ。あれは、いいものであればいいものであるほど恐い。能は観る。面白いとも思う。だが、それとこれとは別である。私は馬も好きだが、いきなり馬の剥製を贈られても困る。それと同じで、一人暮らしの部屋に入った途端迫りくる、鴨居にぶらさげた能面のアンニュイな微笑に耐える胆力は、私にはない。坂口安吾の『能面の秘密』のカバー絵が恐くて、寝る前に机の上で裏側にひっくりかえして隠したぐらいだ。笑顔で「もったいのうごじゃりまする」みたいな事を言って必死に断った。猫に小判。私に能面である。

 そういうわけで縁起物とか立派な物だからといって贈り物には適さないものが世の中にはたくさんある。友人の家の棟上げはいつなのかまだ知らない。急がないといけないが、先日近所のスーパーのワゴンに招き猫が投げ売りされているのを見て以来、気になっている。もしかしたら、新居に全然ネコ目じゃない招き猫が届く可能性は……まあ、ないだろう。

昨晩、拙著『コの字酒場はワンダーランド』の発行を記念したトークイベント

『出前コの字酒場 in cafe HINATA-YA』を開催いたしました。

お越しいただいたみなさま本当にありがとうございました!

120分、コの字酒場への愛をほぼノンストップで漏れっ放しに喋りまくってしまいまして……「こんなコの字酒場は嫌だ」と思われなかったどうか心配です(笑)

しかし盟友・有高唯之氏の求心力のある写真のおかげで私のペラペラトークもおゆるしいただけたかな、と思ったりしております。

みなさん最後までおつきあいいただき、「出前コの字酒場」の名の通り

かなりお酒もすすんでいたようでした。

途中から、客席からも普通に

「じゃあ、次は松戸の話しで」

という具合にリクエストをいただけたりして、なかなかリアルなコの字酒場感が漂っていたなあ、とあらためて思う次第です。

今後もコの字酒場の探検、普及、保存、布教などなど精進していく所存です。

それではいつかどこかのコの字酒場で乾杯しましょう!


桜木町H
最近のコの字酒場行脚、行き先は桜木町でありました。
桜木町といえば野毛が真っ先に思い浮かぶかと思いますが、最近彼の地ではコの字酒場が激減しております。ただ、私の中では最早その精神性がコの字酒場と同一であるとして、一軒のV字酒場もコの字酒場として勝手に認定しております。そこどこ?と思われる方お問い合わせくださいませ。
で、久しぶりに訪れたのが桜木町駅前のぴおシティ。ネーミングの根拠がまったく想像つかないビルですが、こちらの地下二階はそんじょそこらの飲屋街が束になっても叶わない強烈な場所であります。言ってみれば、「屋内型立石」。つまり大人のためのサンリオピューロランドみたいなもんです。雨が降っても濡れない立石って最高でしょ?それが桜木町ぴおシティなのであります。で、ピューロランドといえばキティ。私の顔はキティちゃんより白くて幅が広い。余談。
ぴおシティ。かつてはゴールデンセンターと呼ばれたビルでして、いまや、逆に昔の名前のほうがしっくりくるんじゃないかと思うのは私だけでありましょうか?
で、その夜はHという立ち飲み屋さんを訪れました。 6時過ぎにはすでに鮨詰め。しかも男子率が100%。席がなくてちょっと戸惑っていると、すぐさま眼鏡をかけた紳士
「ここ使うか?」
と一言。ご自身の肴の皿をすっと脇へ寄せてくださり、それからひとしきり競馬の話し。 イナリワンが好きでした、と言うと「いいねえ」と喜んでくださいました。その方がお帰りになった後は赤い帽子が粋な先輩がお隣に。
「ネギを食べれば風邪なんかひかねえよぉ」
と私の健康状態にまで気を配ってくださいました。先輩の前歯が無いことが気になり、ネギを食べても歯までは守りきれなかったか…と思った次第です。
それにしても横浜のお客さんはほんとうに人なつこい方が多い。これは地元民として誇りに思います。

いやはや嬉しいかぎりです。拙著『コの字酒場はワンダーランド』発売にちなみ現在池袋ジュンク堂本店で開催中の『コの字酒場写真展』が池袋経済新聞さんとYahoo!に紹介していただけました。泣ける〜。自分で言うのはアレなんですが、ほんといい写真展なんです。コの字酒場の世界観を表現するために、コの字酒場仲間の有高唯之氏がフィルムでとらえた貴重な記録であり記憶に残る写真ばかり。写真展の会場には、ぼくが書いた、本には出てない撮影時の裏話なんかをちらちら書いております。お時間ありましたらぜひご覧になってくださいませ!

週末からリブロ吉祥寺で拙著『コの字酒場はワンダーランド』がコーナー展開されます。
なので、こんな超素朴なポップを描きました。ものすごく素敵な写真と面陳されてる拙著の横でびよーんと立ちます
27)
コの字酒場はワンダーランド―呑めば極楽 語れば天国

ついにやってきました、この日が。

『コの字酒場はワンダーランド』(六耀社)が発売になります。

25年くらい、コの字型カウンターの店を訪ねてきました。

あれ、25年前って言ったら、今中年のぼくが中学生くらいから……?
いやん、そのへんはアンビギュアスなままにしておいてくださいませ。
寅さんも15の時から呑んでたって甥の満男に言ってたし、いいじゃないですか。

時にはへべれけ、時には泥酔、時にはぐでんぐでんになりつつも

コの字カウンターならではのふれあいに癒され愛され暖められてきました。

いいんだよなあ、コの字酒場。いつだったか

北海道のコの字酒場で

「がんばれよ、のび太」

とエールをおくってくれた、あの見ず知らずの常連……(このお話も本書に収録してますのでくわしくはそちらで)

なんて話しもまじえつつ

この本では

愛するコの字酒場をエッセーと写真(コの字仲間の盟友・有高唯之氏。つねにぼくと一緒に酔っぱらい目線で撮ってくれました。熱い!)でご紹介しています

全力でコの字愛を注ぎ込んだこの本、

もしよかったら読んでみてください

そしていつか

何処かのコの字酒場でお会いしましょう

*こちらで売ってます 

コの字酒場はワンダーランド―呑めば極楽語れば天国

拙著『コの字酒場案内』(六耀社刊・定価848円)ご好評いただいております!アマゾンの「その他のレストランガイドブックのベストセラー」ランキングで現在20位!ありがとうございます!やったぜ!コの字で乾杯だ……というわけにはいかず、年明け発売の『コの字酒場ワンダーランド』というエッセーと写真(コの字仲間の写真家・有高唯之さんが全カットフィルムで撮ってます。熱いぜ!)でつづる本のゲラに埋もれ、しばらく酒はおあずけです。ひいい〜。

さてさて、
コの字カウンターを擁する酒場、コの字酒場への愛情を語り続けきた甲斐あって、
こんな本を上梓することができました。(
ちなみに、年明けにはこの実用本とは別に
ものすごく熱いコの字酒場への思いが込められた写真エッセーが発売になります!
『コの字酒場案内』(
耀社刊・848円税別)です
書店の「グルメ」とかの棚に置かれているケースが多いようです

こんな症状が思い当たる方はぜひ ご笑覧ください


1燗酒が好き/燗酒が飲めない

2照れ屋だけど話し好き

3「いい男/女」観がある

4三橋美智也もツェッペリンも好き

5時々、西田佐知子が無性に聴きたくなる

6路地があると入りたくなる

7隣の人の肴が気になる

8奇麗なカウンターを見ると頬ずりしたくなる

9人に言えない趣味がある

10寂しがりやだけど一人酒も好き

アマゾンへのリンクは以下をクリックしてください
脅威の1万ランクアップをした後、脅威の12万ランクダウン!
乱高下し過ぎ!
頑張れ!コの字酒場案内!

コの字酒場案内―厳選!コの字型カウンターのある酒場ガイド


 

CONGRATS CAFE +『和福ジャンプ』〜待宵…中秋の名月〜


ミュージシャンたちと文筆家がコラボレーションするイベント『和福ジャンプ』。

9月29日、『中秋の名月』公演を開催します。


 7月に開催した夏の公演〜音と文章〜。満員のオーディエンスとともに五人編成の音楽と即興小説をつくりあげた『和福ジャンプ』が、秋の公演を開催します。

 季節をオーディエンスと演者がともに感じ、時を共有する。生きている時間の中で、折々に開催する公演が一里塚のようになれれば――その思いをこめて今回のテーマは――、

 〜待宵…中秋の名月〜

 開催は9月29日土曜日。場所は夏の公演にひきつづき飯田橋CONGRATS CAFEです。

 月見をする『中秋』は翌日の30日にあたり、29日は『待宵』とよばれる夜。ともに、月見の前夜を過ごそうというわけです。

 メンバーは前回と同じ顔ぶれ。

 作曲やアレンジ、柳ジョージや河村隆一ら数多くのミュージシャンのサポートをおこなってきたギタリストの福田真一朗。

 武蔵野音大在学中よりバイオリニストとしての活動をはじめ、10月公開の映画『旅の贈りもの〜明日へ〜』に出演するなどバイオリニストにくわえさらに活動の場を広げている須磨和声。

 300名以上にインタビューをかさね、多数の雑誌での執筆。暮れ発売の『コの字カウンタ―の本』など書籍を執筆する文筆家加藤ジャンプ。

 彼ら三人が音楽と文章を一体化させるユニットとして活動をしている『和福ジャンプ』にコントラバスの山田章典、ビオラの須原杏、そしてボーカルの湯浅文音の7人でお送りします。

 待宵を彩る、スリルと艶やかさを増した音楽。名月にちなんだ言葉をオーディエンスからもらって作る即興小説。

 また一緒に土曜の夜を楽しみませんか?


*今回は勝手ながら限定25名様となっています。なにとぞご容赦くださいませ。

****

予約は

wafuku8@gmail.comまでお願いいたします。


日時 2012年9月29日 18時30分開場 19時開演

料金 3500円

25名様限定 ドリンク/軽食

場所 CONGRATS CAFE 飯田橋 http://www.congratscafe.com/


和福ジャンプare

ギター 福田真一朗 バイオリン 須磨和声 文筆家 加藤ジャンプ

ゲスト

須原杏(ビオラ)、山田章典(ウッドベース)、湯浅文音(唄)



最近、米倉涼子や蒼井優が出てくるきわめて濃密な夢を見ている。夢か現か、な感じがつづく今日この頃。今朝起きたら、こんなものがマックの画面上に残されていた。ほんとにほぼ書いた記憶が無い。ずっと尺八を聴いていたが、そのときぱちぱちやっていたが……だいじょうぶなのか俺?
でも、捨てるのもなんなんでアップしときます。

*****

おなら男


仙人に憧れるごくごく普通の男が一人、山の中で空を飛ぶ人を見た。すいすいと空を飛ぶ人が降りる先へ駆けて行き、ようやく見つけた相手に尋ねた。

「私は平凡な男で、ずっと仙人にあこがれておりました。あなたこそ真の仙人。どうか、この卑しき男に空の飛び方を教えてください」

空を飛んでいた男、小屋を指差すと、そこにあったのは夥しい芋の山。堀りたての泥つきで、その数ゆうに千本。

「私は、あれを食べているだけです」

仙人に憧れる普通の男は土下座までして頼んだ。

「どうか私にもアレを食べさせてくださいまし」

空を飛んでいた男はうなずき、ごくごく普通の男はいきなり芋をかじりだし、たちまち三本もたいらげてしまった。

ごくごく普通の男は、やおら崖っぷちに立ち、

「では」

と一言残して飛び立ったが飛べるわけもなく、そのまま石ころのように落下していった。

仙人が崖下を見下ろすと、豆粒ほどの普通の男の姿が。

仙人は懐から芋をとりだし男めがけてほうる。さすが仙人、男に命中し、普通の男は見上げて叫んだ。

「……あなたはとんでもない嘘つきだ、まったく飛べなかったじゃありませんか」

「そこから飛んで戻ってきなさい」

ごくごく普通の男はしばらくへっぴり腰になって飛ぼうとしていた。
だがしばらくして諦めたのか姿を消してしまった。 

仙人は崖の下に食べかけの芋が残されているを見てため息をついた。
それから芋の山から一本、とっておきの立派な芋を抜き取り、焚き火の中につっこんだ。
ぱちぱちと燃える焚き火にあたり、仙人は一人つぶやく。 

「芋は生で食うな」

お芋から漂ういい匂いに仙人は頬をほころばせた。



 早起きは三文の徳という。近所で朝四時から帚で掃除しまくる人がいて、シャッシャ、シャッシャと窓の間際でやられると結構ウルサイ。閉口している。そもそも朝四時は、朝というよりは多くの人にとってまだまだ深夜の延長である。だが、早起きは三文の徳、を持ち出されたらなす術がない。早起きは偉い、ということなのである。

 だいたいなぜ早起きが徳をつむことになるのかよくわからない。そもそも徳といったって所詮は三文ではないか、と思うわけだ。三文である。三文芝居とか三文役者、はたまた二束三文やら三文判など、三文はちょろちょろの価値の代表だ。

 だが、この箴言は『徳』を『得』と書いてもいいらしい。そうすると一度早起きをするたびに三文儲かるということなるのか?その計算でいくと一年で千九十五文のプラスを得ることになる。一体どのくらいの利益なのか。

 思い出すのが落語の『時そば』だ。あれは二八蕎麦の値段をちょろまかす噺。二八蕎麦の語源は諸説紛々だが、まあここでは値段がその名の由来であるとの説を採用し、つまり二・八が十六ということで一杯十六文。一日三文懐に入るというのなら、五、六日早起きしたら蕎麦一杯食べられることになる。そして一年早起きをつづけたら六十八杯の蕎麦を食えるではないか。

 意外に多い。

 しくじった。

 ここ五年、早起きらしい早起きは週に数回しかない。もちろん起き続けて朝を迎えることは年中ある。でも、三文の得になる早起きは、徹夜明けみたいにその日一日使い物にならないケースはふくまれないだろう。というわけで、まともな時間に起きるのは一週間に三日くらいしかないぼくは、年間二十杯以上の蕎麦を食いはぐれている計算になる。

 ぼくは蕎麦好きだ。二十杯食い逃すのは非常に口惜しい。

 いや待て。

 二八蕎麦は果たして旨い蕎麦なのか?まずい蕎麦なら六十八杯どころか一杯だっていらねえぜ……と強がって結局今は夜中の三時。明日も三文の得を得られることはないのであった。

 

 前を歩いている、推定23、4歳の女性が話していた。

 ほぼ白髪にちかい金髪で黒地に白い大きな水玉をあしらったひらひらした服を着ている。『カルピス イカ墨味』みたいな感じ。そのイカ墨味が言った。

「でも、やっぱ眼帯よりは眼鏡のほうがよかったんじゃないすか」

 ぼくとほぼ同じスピードで前を歩いているので顔は確認できない。

 それでもイカ墨味の傍らを歩く女性には、「眼帯」と「眼鏡」という選択肢があったことは推測できた。眼帯と眼鏡のいずれかをかける……昔のタモリみたいな状況だ。

 眼帯をはめているらしい女性がこたえた。彼女はほぼ全身黄色だ。刑務所帰りの夫が見たら百%落涙するいでたち。あるいはチキンラーメンの着ぐるみを彷彿させる。黄色がぼやく。

「無理。まじ眼鏡かけるときもいから」

「そんなことないっすよ」

「眼鏡かけるくらいなら、見えなくていいから」

 気合いが違う。イカ墨味は笑ってつづけた。

「医者はなんて言ってたんすか?」

「どっちでもいいって言ってた」

 どうやら、眼病かなにかで、眼鏡か眼帯をつけろと指示されたようだ。

 するとイカ墨味が黄色をのぞきこむように顔を動かした。

「でも、眼帯はめてメーク大変じゃないすか?」

 黄色が頷いた。そうか、そこは手を抜かないわけか。

 …眼帯をはめてもメーク、乙女の心…心の一句。

 イカ墨味が「大変っすね」とため息まじりに横を向いた。かすかにのぞいた横顔。眉毛がなかったが、目の上に庇みたいなまつげが見えた。イカ墨味がまたたずねた。

「っつうか、スッピンでだいじょうぶっしょ?」

 だがイカ墨味が言い終わらないうちに、黄色がかぶせていった。

「むり、むり、むり!あたし、スッピン鬼っすから」

 スッピンが鬼。素顔が鬼。もはや、それは人ではなく鬼そのものである。

 その瞬間、ぼくはもう二人の顔を見たい欲求をおさえきれず、トップギアにいれて二人を追い越した。だが、ただ振り返るほど失礼ではないので、脇道でふと携帯をとりだしメールを確認する素振りでもって二人をちらりと見た。それはそれで失礼ですけれども。

 黄色はたしかに眼帯をはめていたが、決してノーメイクでも鬼にはなるまい、と思った。むしろイカ墨味の過剰なつけまつ毛のほうが強烈で、迷っているオカマみたいな感じだったが、彼女だって素顔が鬼とまではいかない。

 携帯をいじっていたぼくを通り過ぎて行く時、イカ墨味が、それまでと違って少しトーンを落としてぼやいていた。

「でも、もう別れたほうがいいっすよ」
「ほんとしゃれになんない」 

 かなしげな黄色の顔が前をよこぎっていった。勝手な想像だけれど、黄色が眼帯をはめた理由がなんとなくわかった気がして、たのむから鬼になってくれ、と祈らずにいられなかった昨日の夕方。

 


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