加藤ジャンプの徒然ジャンプ

文筆家・加藤ジャンプの日記 〜コの字酒場探検家、ポテトサラダ探求家、09年からお客さん参加型『即興小説』やっています。 kato_jump115*ybb.ne.jp(*を@に変えて送信ください) ノンフィクションライター白石新のお問い合わせもこちらへどうぞ。

ごくごく最近の加藤ジャンプ:
*週刊朝日書評ページ『最後の読書』書きました
*dancyu東京特集で『立ち飲み番付』書きました
*dancyu 酒場特集で『きたやま』さんのことを書きました。
*テレビ東京系『二軒目どうする?』に出演しました〜
*HAILMARY magazineで毎月『終着駅でギムレットを』連載中
*ウェブ漫画「今夜は『コの字』で」を集英社インターナショナルHPで連載中(原作担当)http://www.shueisha-int.co.jp/
*dancyu中華特集で『味坊』さんのことを書きました。
*新潮社「考える人」で折り紙サークルについて書きました。数学の話デス。
*ALBAのノンフィクション、町工場で復活した伝説のクラブ屋について書いてます
*ALBAのノンフィクション、障害者ゴルフについて書いてます
*すみだ水族館「夜のスズムシ〜すみだ虫聴き〜」クリエイティブやりました。
*文化放送”くにまるジャパン”でコの字酒場のことをおしゃべりしました!
*すみだ水族館イベント「ウミガメQ」企画クリエイティブやってます。
*J-WAVE "GOLD RUSH"でコの字酒場のことをお話させていただきました!
*Free & Easy 7月号でもてなし料理を作ってます。パエリアとパスタ。そのレシピと使った調理器具が渋谷の東急ハンズでコーナー展開中です。
*dancyu7月号「記憶に残る名居酒屋」でコの字酒場の三四郎を紹介させていただきました。
*週刊現代5/11・18ゴールデンウィーク合併号『竹中直人さんインタビュー』素敵。この一言につきます。
*アルバ4月11日号『地図に載っていないゴルフ場 〜五島列島・小値賀島、浜崎鼻ゴルフ場の人々〜』
 五島列島にある島に島民自らが作ったゴルフ場があります。それはただのゴルフ場ではありません。自立のシンボルなんです。
*すみだ水族館 「すみだ水族館があなたの夢をかなえます〜ペンギン研究員〜』クリエイティブをやらせていただいてます。
*dancyu『日本一のレシピ』〜最強のポテトサラダを作る〜再掲載 見逃した方、ぜひ。むせかえるポテトサラダ実験の涙のレポートです
*Free & Easy 6月号 男のもてなし三ツ星料理 もてなし料理3品、作ってスタイリングして書きました。

こんにちは、今日も見た目無職のライター・加藤ジャンプです。

さっきフツーに地声でこどもと話していたら周囲から
「しむけんの声っぽい」
と言われました。できれば懐もしむけんさんにあやかりたい。

その後、喫茶店で女性誌を読みました。
VERYという雑誌です。いつも新鮮な驚きをあたえてくれるので隅々まで愛読しています。今月のラインナップも興奮しました。

まずはこのページ。
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パイタン持ち歩いているなんて素敵、と思ってしまいました。
そしてほかにも……
”ママのための知的セクシー指南”は、
お家でもエロくなろうというガイド。「高い所にあるモノを取ろうとしたヨメのしまった尻がセクシーだと思いました」みたいなダンナのコメントがありました。なんか中学生が若い女性教師に欲情するような初々しさ。たまりません。
”タワママには必要だった「夜のおうち社交服」”
というのにも心底仰天しました。タワーマンション暮らしのママ達は、夜な夜なお部屋に集まるんだそうです。その時に着るのが「夜のおうち社交服」で、要するにパジャマなのです。パジャマってことはノーブラなのか? そんなことが気になりました。
さてお仕事にもどりましょう。

 

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まだ朝5時ですが…
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 はじめて鋏を使ったのは、果たしていくつの時だったのか、記憶がない。幼稚園も保育園も通わされなかったので、いちばん古い工作の記憶といったら、小学館の学習雑誌の付録を家のコタツで作ったことかもしれない。『よいこ』という雑誌の付録だったのではないだろうか。それから、テレビで5つの乗り物が合体するアニメを見て、欲しくなって、ボール紙でそれを模したものを作った記憶もある。

「上手だねえ」

 と亡父から褒められたが、アレは今思うと、高価な超合金というダイキャスト製の玩具は買ってあげないよ、というメッセージだったのではないだろうか。

 うまれて初めて紙でフィギュアをフルスクラッチしたわけだが、その時に使った鋏が、最も古い鋏の記憶である。それが大正十五年生まれの父親が若い頃から使っていたという博多鋏で、持ち手のところが子どもには明らかに大き過ぎた。もう少し小さいのを所望したら、

「これが一番切れるんだ」

 と一蹴された。今思い返すと、いかにも鍛冶屋がトンカチで叩いて作った感じがする鋏だった。それにしても、この鋏が実に使いにくかった。それで思い出すことが一つ。キングカズだ。

 サッカーの三浦知良のシザーズ・フェイントという技は、ボールの位置はそのままに、両足を交互に跨いで相手を幻惑するものだ。すなわち両の足を鋏の刃に見立てている。これをやるには、O脚がいいそうで、実際キングカズの脚はO脚なんだ、といつか解説しているものを読んだ。シザーズは英語でscissorsだが、これは普通の鋏のことである。日本語なら、鋏の格好の刃物はなんでも鋏だが、英語は違ってsnipsとかshearsと分類されている。後者は刃が全体に小さいもので、ケーブル切り用の鋏などがそれだ。だからといって、カズの妙技をスニップス・フェイントなどと呼ぶことはない。スニップスでは短足過ぎてあんな技は不可能である。

 さて、このシザーズフェイントと同じ現象が、父から与えられた鋏を使うと発生した。鋏の真ん中、二つの部品を留めるかしめの部分がゆるんでいて、すかすかなのである。紙を切ろうにも二枚の刃が紙を跨いでしまって切れない。父にいうと

「馬鹿と鋏は使いようなんだ」

 と無茶なことを言われた気がする。まったくスパルタなところのない父であったが、こういう時はいい加減で、結果的に随分なしごきである。

 さて、それでもまあ、なんとか工作をしてきたが、小学校に入ったら、お道具箱というのが用意されていて、指を入れるところが黄色のプラスチックでできてる鋏を与えられた。刃先が丸くなっている学童用というやつで、ずっと使っていたが、いつの間にかなくなった。

 それから何丁も使ってきたが、どれもしっくりこない。それで例の博多鋏が妙に懐かしくなり買おうと思ったら、なかなか見当たらない。むきになって、鋏の本なんかを買ったら博多鋏にそっくりなのがある。種子島の鋏がそれだった。

 親父が博多鋏を使っていたなら、私は種子島を使ってやろう。人と違うものを使いたがる性分なのである。

 そもそも日本に昔からあった鋏は、和鋏とか握り鋏と呼ばれる、全体が一つの鉄の板でできた指を入れる環の無いものであった。裁縫箱に入っている糸切り鋏のカタチである。鋏の歴史としては、こっちが古く、紀元前1000年頃にギリシャでできたものが発掘されている。これが六世紀頃渡来した。舌切り雀の因業ババアが雀を虐待したのも、あの二枚の刃がバネ状につながってトングみたいな構造のあれだ。けれども太宰治の「お伽草紙」の舌切り雀は舌を引っこ抜いただけなので、鋏は使っていない。

 一方で、刃と指環が一つの部品になって、それを一カ所で留める格好の鋏は中国を通じて、西洋から伝わった。だからかつて鋏とはもっぱら裁縫箱のアレで、指環のあるものは唐鋏と呼ばれていたのである。その唐鋏の元祖が博多鋏である。

 十六世紀に鉄砲が伝わったのが種子島で、これがやがて彼の地での鋏の製造につながる。さんざん鉄砲や刀を作らせていたのに、明治になったら御法度になった。それで職人たちは鋏や包丁作りに専念した。それが種子鋏で、今でも製造がつづいている。ロケット打ち上げの傍らで、鋏が人の手で作られているのである。

 それで種子島にある池波製作所という会社に連絡をして送ってもらった。これが、まさしく鉄の塊のような鋏で、博多鋏より無骨でエッジが角ばっている。特筆すべきは指環の先がくるっと丸くなっているところである。ミナジリと呼ばれるもので、アールヌーボーっぽい意匠だ。それと知らぬ人が見たら西洋の特殊な鋏のようにも見える。実際に切ってみると、これがまあよく切れる。ところが、最近は工作もしないし、封書もほとんどもらわないので、鋏の出番が激減している。ただ、あまりに美しいので、これまで引き出しにしまい込むものと思っていた鋏を、焼き物の筆立てに突っ込んで机上に出しっ放しにしている。見るたびに、ちょっと緊張感をおぼえるのは、刃物の存在感ゆえか、あるいはあの博多鋏を無理矢理使わせた父親を思い出すから、なのかもしれない。

 かすかに見えたところで、すでに雰囲気が違う。くたびれていたはずなのに、存外歩幅が大きくなる。遠目には美人でも近くではがっかりという経験はコの字酒場でもよくあるが、近づくにつれ細かいところが見えてきて、これは間違いないと思った。風雨にたえて染めた紺の少し褪せた大きな暖簾、使い込まれた格子戸、格子戸にはめられた正方形のガラスの奥から見える灯り、積まれた酒樽、彫り物の看板。くわえて、念入りに手入れされているのが一目瞭然の鉢植えの植物(我が家のプランタ、鉢植えの類いは杜撰な管理の結果全滅したのでよくわかる)。お店の人がただの植木マニアとか、常連の植木屋さんが女将さんに惚れていて丹精された鉢をのべつまくなし置いて行くなんていう可能性もないとは断言できないが、まあ、ほとんどない話しだ。

 あとはコの字カウンターがあるかどうかだが、入ってみるよりたしかめる術はない。ハメ殺しの小さなガラスから覗いてもいいが、美人の胸元を覗き込むような気がして私はあまり好きではない。
 思い切って入る。 

「こんばんは」

 小声で入ったら、そこにはコの字カウンターがでんと据えられていた。コの字の真ん中には焼き場があって、その脇に壷がある。私が「一人」を意味するつもりで人差し指を一本立てたら将さんが笑顔で迎えてくれた。コの字の両側には常連さんとおぼしき方々や一人で楽しんでいる方々が笑顔で呑んでいる。その並んだ顔、顔、顔を拝みながら呑みたかったので、コの字の中央の焼き場の脇のあたりの席を選んだ。切り株の椅子は使い込まれ、大きな屋敷の床柱のようになめらかな手触りになっていた。

「かも、ください」

「かも」は、鴨ではなくネギをならべて焼いたものである。おかみさんはそれを説明してくれたうえで

「いまはちょっと時期外れで、あんまり美味しくないかも」

 と教えてくれた。一見の私など、カモネギもいいところだが、正直にこういうことを言ってくれるのは有難い。そこでかもは諦めレバほかいくつか肴を注文した。

 向かい合ったコの字カウンターでは、すでに言葉飛び交っている。顔色は皆よいから、ほどよく酒がまわっているはずなのに、決して大声にならない。雰囲気がいい。


 一合呑んで、もう一合くらいと思っていたところ、

「……あのう……」

 切り株三つほど離れた席のネクタイの男性が私の左耳にささやいたので、目をむけると

「レバは注文しました?」

 諜報部員が符丁をかわすかのような小声である。首を横にふると「ぜひ」とすすめてくれた。頷くと、それきりで、また男性は一人で飲みはじめた。歓迎、とはこういうことなんであろう。新参者にいい情報を一つ。御礼のしようがないが、出されたレバが期待以上に旨かったので、おかわりをしたうえで

「ありがとうございました、おかわりしました」

 とだけ、また例の男性に礼をした。それからしばらく話しをした。東京の人で、この地に赴任したばかりだという。

「じゃあ、またいつか」

 名前を言わず店を出て行った男性に、お辞儀をしたころ、また一合なくなった。


 残っているのは常連さんたちばかりのようで、時々、コの字全体が小さな笑い声におおわれる。眺めながら、ちょっと話しにくわわりたいな、と思っていた。

 女将さんがすっとやってきた。

「もうちょっとこっちにおいでよ」

 右手をすっとカウンターに出すと、女将さんは焼鳥の皿をわずか数センチばかり左へ移動した。その分、ちょうど私のクッション要らずの尻、半個分ばかり左へ移動したら、驚いた。コの字の両側に並んだ顔がすっと眺めることができたのだ。一望千里は大袈裟だが、私の背格好にはちょうどいい位置であった。それから、皆さんの話しを聞きつつ、ちょっと話しをして杯をあおり、また話しを聞く。おまけに、その夜誕生日だった私に祝福の言葉もたまわった。杯が空になった。
 

あと一杯やりたいのを我慢して去る。


 一旦部屋に戻り、寝ようとした。ところが眠れず、また歩く。二軒訪れたが、記憶にない。飲み過ぎたのではない。花春酒蔵河童というコの字酒場が楽し過ぎたのだ。



 


 

このごろ河原沿いの道でウォーキングをはじめた。
こういうことを言うと、こちらはなにも聞いていないのに、
「時速何キロくらいで歩いているの?……ああ、そのくらいじゃダイエットにならないね」
などと助言をくれる人がいる。散歩ぐらい好きにやらせてくれ、頼む。

さて、ウォーキングのルート沿いに河川敷のサッカー練習場がある。
今朝、いつもどおり、てれんこてれんこと件のサッカー練習場の脇にさしかかったときのことだ。
朝とはいえ、雨だったら土砂降りと言っていいくらいの、激しく強い日差しがユニフォーム姿の少年たちにふりそそぎ、少し光沢のある化繊のユニフォームが燃え上がりそうなくらいだった。
赤いユニフォーム姿の少年達は、おそらく今朝のスペイン対オランダ戦を食い入るように観戦してからやってきたはずだ。寝不足でも、まさかの一戦に感化された彼らはいつも以上練習に身が入るんだろうな、と眺めながら歩いていた。昨日までイニエスタを真似していた子が、今朝はファンペルシーにならんとしたりして。
その時、ぼくの傍らを赤いパーカを着た少年が自転車でゆっくりとやってきた。
この暑いのに、分厚い綿のパーカ姿には違和感があったけれど、それ以上に驚いたのは、
パーカ少年が、やおらフードを目深にかぶったことだ。どうして、パーカ君はあそこでパーカを目深にかぶったんだろう?こんな暑い朝に。
顔を隠したのはどうしてだろう?
僕は、今度はパーカ君の背中ばかりを見つめながら散歩をつづけた。
パーカ君は気づいたら立ち漕ぎで失踪していた。フードがはずれないのが不思議なくらいのスピードで。

練習場の子達もパーカ君もがんばれ。がんばれ。

そう思っていたら思わず本当に
「がんばれ」
と結構大きな声で口にしていた。
そうしたら、前方から来た白キャップ、白ポロシャツに白ズボンの、パナウェーブみたいな格好のおじさんに穴があくほど見つめられた。 
知るか。

 

 取材で福島の郡山へ行った。翌日の取材にそなえて前泊した。郡山へ行くのは今回がはじめてで、到着前から期待、不安、食欲、疲労、孤独などがいっぺんに襲ってきたので、指定された宿へ着くなり、財布と電話だけ持って部屋をあとにした。
 宿は盛り場の真ん中にあり、通りには大勢の客引きの黒スーツがうろついていた。
「キャバクラいかがですか」
 普段、オバサンに見間違えられることも多い私なので、若干の安堵と自信を回復しながら頭を横に振って誘いをそこそこ丁重に断る。とりあえず、界隈をぶらついてみたが、チェーン店が目立つのでもう少し歩くことにした。
 駅からまっすぐにのびるメインストリートまで出て、あたりを見回す。大きな建物が林立している。銀行、商店、チェーンの居酒屋。『テナント募集』の看板も少なくない。ここは2014年の福島なのである。 
 しばらく歩いてみたが、雰囲気のある酒場には見当たらない。歩き続けていたら国道らしき、太い道に出てしまった。おそらく、繁華街はここでおしまいになるのだろう。太い国道は、道沿いの建物の灯りもそれほど多くなく、それまでの明るい町並みとはっきりしたコントラストをうみだしていた。空から見たら、きっと盛り場とその先をくっきりと太い線が区切っているはずだ。
 まるで掘り割りが街の中心とそのほかの地域を隔てているかのようだった。塀、堀、門みたいなものがあると、そこから向こうを見たくてたまらなくなる。
 ただし掘り割りを行き交うのは天蓋もなく乗った者同士が目配せの一つもかわせる舟ではなく、窓をぴっちりと閉めた車である。渡しもあるわけがなく、私は歩道橋を昇った。30年ほど前、中学生だった。東南アジアの某国に住んでいて、そこでは歩道橋は絶対に1人で渡るなと厳命されていた。昇りきったところで、左右から悪いのがやってきて、身ぐるみはがされる事件が発生していたのだ。君子ではないが、危うきにはあまり近寄らないタイプなのに、一度だけ、彼の地で8車線の道路を跨ぐ歩道橋を一人で渡らねばならないことがあって(詳細はまた別なところで)、ほんとうに肝を冷やした。歩道橋を渡るたびにそのことを思い出すのだから、思春期のバカな日本人少年にはよほど応えたのだろう。もちろんそんなリスクが、郡山であるわけもなく、歩道橋のちょうど真ん中、国道の中央線の真上に到着したところで周囲を見回してみた。すぐ目の前の建物もテナント募集のポスターが貼られていた。ちょっと傷んだ歩道橋の階段を降りて、暗くなるほうを目指して進んだ。ちょうど国道から向こうは坂道になっていて、道もカーブしていて歩いていると見通しはあまりよくない。それでも左右の歩道沿いにはスナックの看板が散見された。メインストリートの名残りなのか、国道を隔てた地域の別の盛り場なのかは判然としないが、とにかく坂をのぼった。途中で見つけた「まゆみ」か「あけみ」だったか忘れたが、スナックの看板とアプローチの地下への階段が美しく、ほとんど
蠱惑的といってもいいぐらいで誘われしまったが、私はやはりコの字酒場を見つけたいので、なんとかやり過ごすと、いきなり素晴らしい店構えに遭遇してしまった。
 
  

息子一歳半をつれて、近くの輸入食糧品屋へ行った。最近は「あっち」とか「ハイタッチ」なんて言葉もちらほら口にするようになっている。あいかわらず、私のことは「おかーさん」としか呼ばないが。
で、輸入雑貨屋の店内で、チーズやら酒やら物色していると、突然
「ちんちん、ちんちん」
 と連呼しだした。平日の16時。 店のなかには私と息子以外は女性ばかり。赤ちゃんだろうとなんだろうと、状況的にはセクハラである。
 注がれる白い眼差しは当然、保護者たる私への批判。
「なによ、あの父親……変な言葉教えこんじゃって、いやあね」
 違う、違うんです。
 たじろいだ私は、
「あはははは」
 などと笑って誤摩化したが、彼は気楽に「ちんちん、ちんちん」とつぶやきつづけた。
 私は手近にあったパスタの袋を振ってガサガサ音をたてて彼の言葉をノイズキャンセルすることもこころみたが、あまり奏功せず、結局一度店を出ることにした。

しかし、倅のために今言っておく。
彼はヘソのことを「ちんちん」と間違って覚えてしまったのである。あの店でも、自分のヘソを指差していたのだ。だから、あの日、K◯◯DI青葉台店にいた御夫人のみなさま、ゆるしてやってくださいませ。 
 

 昨日、夕方八百屋で買い物をしていた時のことだ。タマネギを物色していると50〜60代の男性が脇にやってきた。色黒、白髪まじりのオールバック。カラオケ上手そう。そんなオジーが、やってくると、いきなり

「ぶーーーーー」

 放屁したのである。

 私は、すぐにオジーの顔を一瞥した。しかしオジーは悪びれる素振りも見せない。あまつさえ、気持ち良さそうでもない。何事もなかったかのように、ふるまっている。

 あまりの不快感に、私は

「あれはお尻から出たため息」

 と思い込むことで払拭しようとしたが、ダメだった。屁は屁だ。どこからともなく流れてくる微妙なメンチカツの香り、新幹線車内に漂うシウマイの香りなど、屁のようなにおいは世の中にあふれているが、「のようなもの」と本物の違いは、その出所である。オジーのそれは、間違いなくオジーの肉体から放出されたものであり、それは屁だ。動かし難い事実である。

 近頃のスーパー傍若無人な生態を『仲間以外は皆風景』と宮台真司が表現しているが、ついに屁をこく場所すら選ばない時代になったと愕然とした次第。たしかに私は押し出しの強い顔ではない。それでも、むしろ傍若無人を叱責するであろう分別盛りのオジーから、「お前、風景ね」と烙印を押されちゃうのは、なかなか刺激的だ。
 それで、ほんとはサツマイモを買いたかったのだけれど、やめた。あのオジーのせいだ。



いやはや、加藤ジャンプ、ついに「コの字酒場」について講師なんてことになってしまいまして…
きたる4月20日、世田谷ものづくり学校でILCAの学校というすごく面白い講座の講師の一人になってしまったのであります。このILCAの学校さん、私以外の講師がすごい(ぎゃあ)。久住昌之さん、ヤマザキマリ さん、湯山玲子さん……こんな方々のなかに私?なんてことでしょう……。というわけで、これはもう気合い入ってます。
これまで全国のコの字酒場を探検してきました。しかし、最近再訪すると「え? L字になっちゃったの?」なんてことが激増しております。 愛するコの字酒場が姿を消すことを危惧したことも拙著『コの字酒場はワンダーランド』を上梓した理由の一つでもありましたが、あの本を出した時よりもさらにコの字酒場は数をへらしている気がします。
もっとその素晴らしさをお伝えせねば、微力なんですけども……
ゆえに、今回はもう、加藤ジャンプ知ってるすべてをお伝えするつもりで意気込んでます。
といっても酒場トークなわけでして、笑いと涙のコの字酒場講座に仕上げたいと思っております。当日は、最近最も涙したコの字酒場でのエピソードとその時呑んだ日本酒もご一緒できる趣向です。
というわけで、ぜひぜひ皆様いらしてくださいませ!
時間はなんと午後3時から。日の高いうちから日本酒飲んで楽しめる講座なんてたぶんそんなにないです!詳細はこちらからどうぞ ↓
ILCAの学校『加藤ジャンプのコの字酒場入門』
 

 住居は横浜市だが、ここ最近仕事はほとんど東京の右側ばかりである。したがって飲むのもそちら方面ばかりになっている。今年に入ってのべ13軒を訪れたが、そのうち11軒が江東区、墨田区。もはや江戸っ子、すっかり「本所の銕」気取りである。
 下町、と一括りにされたら地元の人に申し訳ないが、こう通いつめていると、たびたびザ・下町な光景に出くわす。
 先日、住吉駅の四つ目通り沿いのバス停に向っていると、列から怒号が聞こえる。
「あんた払えるの!」
 すわケンカか? 急いでいくと黒いスウェット上下の女性が激怒していた。矛先は並んだ中学生の集団。
「あぶないんだからね。投げるもんじゃないんだよ」
 どうやら中学生の一人が道路に傘を投げて遊んでいたらしい。とても危ない。女性の怒りは当然だ。
 とまれ公衆の面前で激怒している人をひさかたぶりに見た。女性のすぐ後に並んだぼくは、なんだか自分が怒られているような気がしてくるほどの怒りっぷりだ。地震・雷・火事・おばちゃん。
 怒りつづける女性の真後ろでビビっている中、バスが到着した。ようやく怒号がおさまると思ったが女性は車内でも激怒しつづけた。
「後であんたの中学に行くからね」
 頼もしい。列に並んでいた人々は皆そう思っただろうが、バスに乗っていた人達はまったく事情が把握できず、「ひたすら怒っているわけのわからない女性」に当惑している様子。ふつう、ここで怯む。それでうやむやになるが、この女性は違った。運転手さんに報告する体で「あのね、聞いてよ道路に傘を投げているやつがいたの!とんでもないでしょ」
 そして女性は容疑者中学生にむかって
「道交法違反。親が罰金払ってあんたは親にも世の中にも迷惑かけてんの。事故がおきたらどうすんの? 責任とれんの?」とすべての状況を過不足なく説明したではないか。
 怒り慣れている。雄弁な弁護士のようである。バスの乗客=陪審員の評決は有罪決定である。女性の黒のスウェット上下は背広、胸のKappaというマークが弁護士バッヂに見えてきた。
 後日、友人でバリバリ下町出身の本物の江戸っ子 に
「やっぱ下町って叱り上手なんだねえ」
 と話したところ
「俺だったらバス停で殴ってるね」
 と笑われた。ちょっとびびった。 

 久しぶりに全裸を鏡で見たら『千と千尋の神かくし』に出てきた『おしらさま』を連想した。決してあのまんまではないが、まあ遠くもない。ふわっとして白く、でれってとしている。年末風邪をひいて「栄養とらなくちゃ!」とせっせと補給していたら補給し過ぎたのだ。

久しぶりにウォーキングすることにした。

厳冬である。朝は寒いし、夜はこわい。幸い、取材のない日は昼間っから歩ける。暖かい季節には河原の遊歩道をコースに選んでいたが、冬の河原の寒さは尋常ではない。川面をなでた風がぴゅーっとふくと、

「どっか適当な店ないかな、こんな寒いと呑まなきゃやってらんねえよ」

となって、ついでに肉豆腐なんか注文してしまいかえって太る。それは大変な危険な行為なので、冬場に歩くのは店、飲食店はおろか酒屋もない住宅街を選んでいる。

今日もえっちらおっちら坂をのぼって古い住宅街をつっきった。

途中、どこかの小学校の先生であろう。生徒数名をひきつれて歩いている女性から

「こんにちは」

と挨拶された。ハイキングでもないし、下町でもないのに、いきなり挨拶っていいなあ、なんて思ったが、どうも意図は別なところにあったのではあるまいか?

午前中、あまり人気のない住宅街を歩く。そんな時間の住宅街で歩いている人はほとんどいない。いちばん見かけるのは、老婆とか、おじいさんとか、「あ、まだゴミ屋さん来てなかった〜」とポリ袋をぶらさげた御夫人(いささか高齢)あたりである。

そんな中に、年齢的には働き盛りの中年の俺がふらふら歩いている。中身はおしらさま、でも身軽なDBである。手ぶら。スニーカー。ダウンジャケット。中はフリース。そしてニット帽。ヒゲもそっていない。

「その気になればいつでも空き巣スタイル」である。

犯罪抑止に挨拶は効果的、とクローズアップ現代かなにかで見た気がする。

それでも

「こんにちは」

とこたえた時の気持ちよさったらなかった。明日は、こっちからあの集団に「こんにちは」と言ってやろうかと思う。逃げるなよ。


明日から配布されるHOT PEPPERにぼくが出てます。忽那汐里ちゃんと加藤ジャンプの写真が一緒に見られるのは同誌だけだと思いますぜ。年末も『コの字酒場はワンダーランド』をよろしくお願いいたします!
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チンアナゴってご存知でしょうか?
白くてにょろにょろした生き物でして、一度見ると好きになったりしちゃいます。
すみだ水族館にはこのチンアナゴが634匹もすんでいる水槽があるんですが、これが、まあ可愛いこと。じっと見てるとどこか遠くへ行きかけてしまうので、私は見ながらよく自らの頬を叩いて正気に戻るようにしております。で、実は今年から11月11日が「チンアナゴの日」になったこと、ご存知でしょうか?1111って姿がチンアナゴのにょろっと砂から突き出した格好によく似ているんです。ゆえに記念日に決定。そして、大切なはじめての記念日にすみだ水族館で開催するのが
『ゆらゆらチンアナゴナイト』 
なのです。これをプロデュースしているのが、不肖ジャンプでして、手前味噌ながら今回作ったチンアナゴ4兄弟(ゆらチン4兄弟) もなかなかかわいらしくて、ぜひぜひ皆さんに楽しんでいただきたい!と心から願っております。イベント詳細はこちらがくわしいです、ぜひぜひふるってご参加くださいませ!!!!!!

 先日、新宿にあるBook Unionの大八木さんとコの字酒場へ行った。大八木さんは僕と同い年で、根っからの本好きで音楽好きだ。しかも最近、お子さんが生まれたばかり。僕も初めて父親になってから1年もたたない。呑みながら互いの愛息の写真をしばらく見せ合い、どれだけデレデレかを語り合った。これだけで確実に一合はいく。


さて、世に「ママ友」なる言葉が横行するようになってどのくらいたつのだろうか? 僕の周囲では、誰も盗んだバイクで走り出さず、割と穏やかな人達に囲まれてきた(といっても電話ボックスを粉々にしたり、プールの更衣室を酒びたしにしてしまったり、信号機を倒したやつなどはいた)。同級生で初めて子をさずかったのが出て来たのが、たぶん27歳くらいだったはずで、それが飛び抜けて早く、あとはだいたい30過ぎに父親になった。まあ、10年位前からぞくぞくと同級生が父ちゃんになったわけだ。その頃にはなんとなく「ママ友」なんて言葉を仄聞していたような気がする。そして僕も父になり、その立場はどうなるのかちょっと気になる。果たして「ママ友の旦那」、転じて「ママ友の旦那同士は皆友だちだからやっぱり友だち」あるいはそのものずばり「パパ友」なるものとつきあっているかというと、そんなことはまだ全然ない。この先は、わからない。


まあ、何をきっかけに友だちになるのもかわまないが、なんとなく不思議な感じがするのは、たぶん「ママ」と「友」という言葉のせいだろう。我が家は、メリハリも控えめな日本的顔には「ママ」も「パパ」も似合わないので「お母さん」「お父さん」と呼ばせるつもりだ。だからこの先、「◯◯パパさん、どうぞこちらへ〜(◯◯には子供の名前が入る)」なんて呼ばれても絶対に反応しないと決めている。僕は僕だし、パパでもない。

ふと思い出すのは、会社の同期で一つ年上の辣腕編集者Qが言っていた言葉だ。Qは26で父親になった。

「こどもが同い年ってこと以外共有することがない人と友だちになんかなれるか」

今さらながら名言だと思う。同い年の子を持つ親だから自動的に誰もが友だちだ!…なんてわけがない。友だちはそんなものではない。


で、新宿のウナギの串屋カブトでその夜の宴をはじめた大八木さんと僕は、子供の自慢をしつつも、結局はいつもどおりthe whoやら秋刀魚を食べながら小津安二郎に言及し、岡田茉莉子に「ココあたしんちなの」なんて鮨やに連れていかれたいなんて話していたら終電間際になってしまった。この先もお互いの倅の自慢をしあうし、子連れで会うかもしれないし、子供について困惑する場面に出くしたら、結構話しあいそうな気はするが、それは「パパ友」もなんでもない。友だちに子供がいる、それだけだ。

世の中には自分によく似た者が三人いるということを聞いたことがある。ドッペルゲンガーというのは見ると寿命が縮まるなんて民間伝承もある。

私なんかは一人いれば、もうたくさんである。忙しい時に

「一日30時間くらいあったらなあ」

と思う人は好きだが、

「ぼくがもう一人いたらいいのに」

と思う人がいたら間違いなく嫌いである。

さて、先日のこと。

私は横浜の町外れに住んでいる。にもかかわらず打ち合わせや酒は都内が多い。幸いなことに、最寄り駅からちょっとで、日本最速の夢の超特急にすぐ乗れる。待ち合わせ時間ぎりぎりになると急に原稿が進むクセがついてしまったため、やむなく毎度のように新幹線に飛び乗る。飛び乗ると駅員さんにもの凄く怒られるので実際には汁物を運ぶ中居さんみたいにそろりとした足取りで乗車する。すいすい。

新幹線のコンコースには、老若男女がうろうろしているが、時々制服の集団に出くわす。中学生の修学旅行客だ。希望と未来と心配の群れである。あの集団を見るとちょっと心がうきうきする。ついでに、中学校の修学旅行(東南アジア某国の日本人学校でのこと)でなぜか天蓋のついたマハラジャみたいなダブルベッドの部屋にあたってしまった気の毒な同級生のことを思い出す。彼らが様々な一線を越えてしまったのかどうか、僕は知らない。

過日、修学旅行客を横目に東京行の新幹線に乗ろうとホームへむかっていた。新横浜から品川までたった一駅の超特急。ぷち贅沢で内需拡大に貢献である。すたこらとエスカレーターに乗りかけたところで、私の足が止まった。

突然、女子中学生が猛然と私目がけて走ってきたのである。わけもなく走って来る人がいれば身構えるのが当然だ。侍の子孫として、私は丹田に力を込めて仁王立ちになって待ち構えた。

見れば女子中学生はにかんでいる。友達もあとから三人ついてくる。

「あの」

 という口の動きが見え、私は顔をあげ彼女と目があった。

 そして一言

「あれ、ちがった」

 知るかボケ。誰と違うというのだ。そして見せた彼女の落胆の表情。そして連れの少女たちの「やだ、違うじゃん」という相槌。

 知るか、私は私だ。

 かような人違いめいた事例にここ数年何度も遭遇している。これがドッペルゲンガーの亜種であったら寿命が縮まってしまう。それは困るので、そもそもの寿命がもの凄く長いと思い込むことにしている。そういうことを考えているとさる編集者に言ったら

「長生きしますよ、ほんと」

と冷笑された。ええ、長生きしますとも。

 

最近私のアホ面が度をこしている。特に家を出た時、それは激しい。

話しは一月ほど前に、拙宅の前にある店が開業したことにさかのぼる。


実はうちの前に焼き鳥屋がオープンしてしまった。

そこはこれまでに何軒かのラーメン店がつぶれた曰く付きの場所で、行ってみれば「飲食店逆パワースポット」だと思っていた。ところが、今度開いた焼き鳥屋は随分繁盛している。

店の外に炭火の焼き場があって、そこでテイクアウェイもできる。

当然香りが漂う。よいにおいだ。

私の飲兵衛シナプスはきわめて太く、こういう刺激には大変敏感である。

ちょっとでも焼鳥の香りが漂えばすぐに体が反応する。

思春期の中学生が棚指しになっているエロ小説のタイトルを目にしただけで悶絶するように、焼鳥のにおいをかげば、私の体はお酒をもとめだす。ポパイにほうれん草、私のお酒。

というわけで、家の前に焼き鳥屋があるということは、一歩表へ出たらいきなり焼鳥の香りが鼻にすすっと流れ込み、私の体はやにわに酒をもとめだすことになる。

ああ、随喜の涙……でもない。むしろ困惑。

なにしろ美人だって近づき過ぎれば毛穴しか見えない。

「玄関開けたら二分でご飯」ならいい。「玄関開けたらご飯」では手を洗う暇もないではないか。

しかも、原稿のあいまに、「気分転換にアイス最中でも買ってくるかなあ」などと暢気に家を出た途端に焼鳥の香りなんてくらってしまった日には……。砂漠を放浪中にオアシスを見つけておまけに美人だらけで、その美人達が揃って私に惚れている、というぐらい抗いがたい誘惑である。

というわけで、最近家を出る時は口で息することにしている。お口あんぐり顔土気色である。ゆえに、今まで以上にアホ面を近隣でさらしているのだ。




 

6日朝、文化放送さんの番組『くにまるジャパン』に呼んでいただきました。「おもしろ人間国宝」というコーナーでコの字酒場についておしゃべりしました。パーソナリティの野村邦丸アナウンサーの魔法のようなリードのおかげで、不肖ジャンプ、まあ饒舌だったこと。朝っぱらから酒場の話しを素面でぺらぺらしちゃいました。そして邦丸さんのアシスタントをつとめられる加納有紗アナウンサーの、もう文字通り「玉を転がす」ような美声と笑い声につつまれ、酒無しですっかりホロ酔い気分でした。ああ幸せな20分間……。これもまたコの字酒場に導かれたご縁かな、とあらためてコの字の引力を感じる一日でありました。しかも文化放送さんといえば、私にとっては小学生の頃から『ライオンズナイター』を放送してくださっている故郷のようなラジオ局であります。ああ、幸せ……。謎のコの字酒場探検家を番組にお呼びくださった皆様、そして、私のスッテンコロリン系トークを聞いてくださったみなさま、ほんとうにありがとうございました!

ちなみに、こんな写真も撮っていただき番組HPにアップしていただきました〜家宝だわ〜

 

今夜はザックジャパンですが、今週6日木曜日に午前10時5分から文化放送さんの『くにまるジャパン』でコの字酒場についておしゃべりします。<おもしろ人間国宝>というコーナーです。父ちゃんやったよ、俺もついに人間国宝だ!!!よかったら聞いてくださいませ
http://www.joqr.co.jp/japan/2013/05/post-1641.html

先日、J-WAVEの『GOLD RUSH』という番組に呼んでいただき、コの字酒場についておしゃべりする機会を頂いた。ナビゲーターの渡部健さんは食べ歩きでも有名な方で、素人の私を文字通りスムーズにナビゲートしてくださり、こちらはひたすら楽しくコの字愛をダダ漏れさせていただきた。感謝の言葉が見つからない。ほんとうに楽しかった。

さてさて、あの番組で2曲選曲させていただた。一つはThe Pogues のミスティモーニング(Mysty morning by the Albert bridge)。もう一曲はShaun DaveyのThe Parting Glass。ポーグスは言わずもがな、ケルティック泥酔パンクの代表格なわけで、コの字酒場にあわないはずがない。ボーカルのシェーンみたいな人は立石のコの字酒場なんかでよく見かける。笑顔をたやさず、口元には殆ど歯がないみたいな。ラブリーな人達だ。そしてショーン・デイビーはアイルランドのコンポーザー/ミュージシャンでホットハウスフラワーズなんかともかかわりが深い。ホットハウスフラワーズといえばU2のボノが見いだした、全然U2っぽくないバンドである。こちらはアイルランドに古くからあるトラッドな詩にショーン・デイビーがメロディーをつけたもの。映画『Waking Ned Devine』のサントラにおさめられている(この映画がまたよろしい。裸のじいさんがバイクに跨がっている衝撃的なポスター同様、最高にパンチのきいた映画)。これは昔実家の自室で大音量で聴いていたら、それを聴きつけた私の亡父が「いいなあ、葬式はこれを流してくれ」と言ったので本当に彼が死んだ時にそうした。歌詞の内容も去り行く者が残される者に別れをつげ最後の乾杯をするものなので、まあぴったりなのである。さりとてメロディーはあくまで明るく、なおかつ染みる。友達と酒を飲むにはぴったりの曲で、私はいつもiPhoneにいれておいて時折流しながら呑む。

さて、拙著「コの字酒場はワンダーランド」でも書いたが、コの字酒場のBGM選びは難しい。しかし私はいつも勝手に心の中でBGMを流している。「勝手にコの字酒場DJ」である。これが実に楽しい。音楽は好き嫌いがあるし、「無音で呑みたい」という方もいる。ゆえに脳内プレーヤーでBGMを流すのである。

で、最近再訪した錦糸町の三四郎だったらなんて考え出したらとまらなくなる。三四郎は舟形のコの字酒場で白木が美しい。磨き粉んだすべすべのカウンターは人肌恋しい向きにはおすすめである。でBGMを選ぶとしたら、まずは

PretendersのDon't get me wrongである。私は女性ロックスターにすぐ惚れてしまうのだが、Pretendersのクリッシー・ハインドだけはなぜか惚れなかった。でもそんな彼女がDon't get me wrongと切々と歌うのである。「誤解してほしくないんだけどさ」みたいなもんであろう。ごめん、クリッシー、私が誤解してたよ。で、すべすべの三四郎の白木カウンターをなでるのである。昇天である。

そしてもう一曲選ぶなら、The La'sのThere She Goes。三四郎の女将さんは岩手出身の美人である。着物姿も凛とした女将さんが舳先のようなコの字カウンターの中を行ったり来たりする光景は、人形浄瑠璃を見ているみたいに可愛くて奇麗だ。というわけでThere She Goesなわけである。見ているだけでうっとり。鼓動も高鳴り、もう一合頂くことになる。

そして三曲目、あまりに楽しくてついつい長居してしまいがちな三四郎。ほんとうはさらっと来てさらっと呑んで去っていきたい。できればテンポよく。そして明日への活力を漲らせ店を出る……となったら、これはもうBilly Bragg のWaiting for the Great Leap Forewardである。政治的意図はともかく、これほど働くぞ、戦うぞという気持ちをさらさらとかきたてる曲はない。後半のコーラス部分でお勘定をすませ振り返らずに手だけ振って店を後にする。今度来る時はもう少し成長してくるよ、女将さん、大将!


 

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